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Research & Initiatives

MAIN THEME
骨格筋機能向上による健康増進の追究

 骨格筋は、体内で最大の器官であり、単なる運動のための組織「運動器」にとどまらず、「代謝器」「内分泌器」として多面的な機能を担う、健康維持に不可欠な存在です。骨格筋の機能が低下すると、代謝異常や慢性疾患の進行、さらには要介護状態に至る大きなリスクとなることが知られており、その機能をいかに保ち、向上させるかは、現代の健康科学が直面する重要な課題です。

 当研究室ではこの課題に対し、運動という生理的ストレスによって引き起こされる骨格筋の「適応反応」に着目しています。運動によって骨格筋がどのように変化し、それがどのような分子・細胞レベルの制御機構によって実現されているのかを解明することで、健康の維持・増進に資する革新的アプローチの確立を目指しています。このような視点から展開する研究を、私たちは「分子運動適応学」と位置づけています。

 具体的にはまず、運動負荷量の変化に応じて骨格筋が示す可塑的な変化、すなわち筋肥大や萎縮、代謝適応などの現象に関わる分子機構を明らかにすることに取り組んでおり、これにより効果的な運動プログラムの科学的根拠を提供することを目指しています。また、加齢や生活習慣に伴って蓄積する糖化ストレスのような内的ストレスが、骨格筋の形成・維持に与える影響を明らかにし、それらを予防または軽減するための介入戦略の確立にも力を注いでいます。さらに、運動が困難な高齢者や疾患患者の支援を視野に入れ、食品由来の機能性成分や温熱・電気・軽度高圧酸素などの物理的刺激を活用した“運動の代替手段”の開発にも積極的に取り組んでいます。

 私たちの研究は、サルコペニアや筋萎縮の予防・改善、健康寿命の延伸、アスリートのパフォーマンス向上、高齢者や疾患患者のQOL向上など、幅広い応用可能性を有しています。しかし、その根幹にあるのは常に、「運動による骨格筋の適応現象を、分子・細胞レベルで精緻に理解する」ことへの科学的探究心です。このような基礎研究に立脚しつつ、分子レベルで得られた知見を活かした新たな介入手法を提案することで、将来的には加齢性疾患の予防や健康増進といった社会的課題の解決に貢献することを目指しています。

​主要な研究テーマの概要は以下に示す通りです。

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1. 運動による骨格筋適応の分子制御機構の解明

骨格筋の適応性

骨格筋は、トレーニングや運動習慣の変化に応じて、構造・代謝・機能を柔軟に変化させる高度な「適応性」を備えています。例えば、筋力トレーニングによって筋肥大が起こり、持久的なトレーニングでは筋線維タイプや代謝特性が変化します。一方で、寝たきりや宇宙空間での無重力状態など、活動量の低下は筋萎縮を引き起こします。このような骨格筋のダイナミックな反応を支える分子基盤の解明は、健康寿命の延伸や運動処方の最適化において極めて重要です。

研究展開

当研究室では、骨格筋の適応性を支える分子機構に着目し、主に細胞内シグナル伝達分子を中心に解析を進めています。エネルギーセンサーとして知られる5'AMP-activated protein kinase(AMPK)に着目した研究では、AMPKが筋細胞の肥大(Egawa et al., Am J Physiol Endocrinol Metab, 2014)、廃用性筋萎縮の進行(Egawa et al., Am J Physiol Endocrinol Metab, 2015)、さらには萎縮後の再成長(Egawa et al., Int J Mol Sci, 2018)に深く関与していることを明らかにしてきました。また、筋肥大過程においてAMPKが糖輸送を促進する役割を持つことも示しています(Kido et al., FASEB J, 2020)。

 さらに最近の研究では、自然免疫系受容体であるTLR4が持久運動に伴うミトコンドリア適応の制御因子として機能することを発見しました(Fujiyoshi et al., Int J Mol Sci, 2022)。現在は、DNAセンシングや一次繊毛といった新たな生体構造・機構が運動時の骨格筋の適応性に与える影響について解析を進めるとともに、がんや糖尿病といった病態が骨格筋適応におよぼす影響についても研究を展開しています。

2. 運動抵抗性を引き起こす糖化ストレスの分子病態と介入可能性の探究

運動抵抗性の問題

運動は、骨格筋の機能維持や代謝改善、さらには健康寿命の延伸に大きく貢献する科学的に裏付けられた介入法です。しかしながら、すべての人が同じように運動の恩恵を受けられるわけではなく、中には運動に対する効果が著しく現れにくい「運動抵抗性(exercise resistance)」と呼ばれる状態に陥る例も確認されています。その背景にはさまざまな因子が関与すると考えられますが、加齢や生活習慣に起因する「糖化ストレス」が骨格筋における運動トレーニング効果を阻害する「運動抵抗性因子」として機能することを、当研究室が世界に先駆けて明らかにしました。

糖化ストレスのメカニズム

糖化ストレスとは、糖やその代謝産物であるアルデヒド化合物が、タンパク質や核酸と非酵素的に反応して、細胞傷害性を持つ修飾産物を生成し、それらが生体機能に悪影響を及ぼす状態を指します。この過程で生成される代表的な物質が、終末糖化産物(AGEs: advanced glycation end products)です。加齢によるタンパク質品質管理機能の低下や酸化ストレス、代謝異常などによってこれらの反応が加速し、AGEsが細胞内外に蓄積すると、構造タンパク質の変性、細胞膜機能の障害、さらにはAGEs受容体RAGEを介した炎症・酸化ストレスの増幅など、多様な障害が引き起こされます。その結果、骨格筋の恒常性や代謝機能、再生能力が損なわれ、運動に対する生理的な適応反応までもが抑制されてしまいます。

研究展開

当研究室では、糖化ストレスが骨格筋の構造と機能、さらには運動適応能力に与える影響を、細胞・分子レベルで多角的に解析しています。例えば、AGEsを多く含む食餌を長期間摂取させた動物モデルでは、筋形成の阻害と筋力低下が確認され(Egawa et al., Br J Nutr, 2017; JPFSM, 2018)、さらに若年成人男性を対象とした調査でも、皮下AGEsの蓄積量と脚筋力低下の相関が示されました。

 加えて、AGEsの受容体であるRAGE(Receptor for AGEs)が廃用性筋萎縮の進行に関与すること(Egawa et al., Acta Astronautica, 2020)、ならびにプロポリスの摂取が糖化ストレスの軽減に有効であることも明らかにしています(Egawa et al., Foods, 2019)。最近では、糖化ストレスが運動効果を妨げる因子として機能しうること(運動抵抗性)を支持する知見も得られています(Egawa et al., J Appl Physiol, 2022; J Cachexia Sarcopenia Muscle, 2024)。また、AGEsがRAGEを介して一次繊毛の形成を妨げ、筋細胞の増殖を抑制すること(Suzuki et al., BBRC, 2023)、さらに、急性的にプロテオスタシスを乱し、活性酸素種(ROS)の産生を促進することで骨格筋機能を阻害する可能性(Zhao et al., Physiol Rep, 2024; Suzuki et al., J Physiol Sci, 2024)も明らかになっています。

 

 これらの研究成果は、糖化ストレスが筋量や筋力だけでなく、運動介入への応答性そのものを低下させる「運動抵抗性因子」として働くことを示唆しています。今後は、糖化ストレスによる運動効果阻害の分子メカニズムをさらに深く掘り下げるとともに、その影響を克服するための栄養・生活習慣介入や分子標的の探索を進めていきます。

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3. 運動の代替として骨格筋機能を向上させる手段の探索

運動弱者の課題

身体運動が健康の維持・増進に有用であることは広く知られており、特に運動時における骨格筋の収縮は、糖・脂質代謝の活性化、マイオカイン(骨格筋由来の生理活性物質)の分泌促進、タンパク質合成の促進など、さまざまな健康上の有益な効果をもたらします。しかしながら、加齢や疾患、障害などにより、自発的に運動を行うことが困難な「運動弱者」も少なくありません。そのような人々にとって、運動に代わる筋機能向上の手段を確立することは、健康を支えるうえで非常に重要な課題です。​

研究展開

このような背景のもと、当研究室では、運動の有益性の一部を代替し得る食品成分(サプリメント)や物理的刺激といった手段の可能性を探る探索的基礎研究を進めています。これまでの研究においては、カフェインやコーヒーポリフェノール類、桑の葉抽出物、ベルベリン、黄連抽出物などの成分が、運動時の骨格筋で見られる代謝変化と類似したメカニズムを通じて糖輸送を促進することを明らかにしました(Egawa et al., Metabolism, 2009; Ma et al., J Ethnopharmacol, 2009; Ma et al., Metabolism, 2010; Egawa et al., Acta Physiol, 2011; Ma et al., Chin J Nat Med, 2011; Tsuda et al., J Nutr Biochem, 2012; Tsuda et al., Nutrients, 2019)。また、温熱刺激によってもインスリン非依存的な糖輸送が骨格筋で促進されることを示しています(Goto et al., Physiol Rep, 2015)。

 さらに、共同研究の成果としては、乳酸(Ohno et al., Acta Physil, 2019; Ohno et al., Nutrients, 2019)や微弱電流刺激(Ohno et al., Physiol Res, 2019)が筋肥大の促進に寄与する可能性を明らかにしています。最近では、軽度高気圧酸素負荷を活用した手法にも着目し、これが廃用性骨粗鬆症の進行を抑制する効果を持つこと(Takemura et al., Bone Miner Metab, 2022)や、ギプス固定により生じた筋萎縮からの回復を促進する可能性(Takemura et al., Physiol Rep, 2025)も示されています。

 このように、当研究室では運動に代わる代替的な刺激を通じて、運動困難な人々の筋機能維持・向上に寄与する新たな介入手段の開発を目指しています。

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